デング熱
ネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるデングウイルスの感染症である。フラビウイ
ルス科に属し、4種の血清型が存在する。非致死性の熱発症すると熱性疾患であるデング熱と、重症
型のデング出血熱やデングショック症候群の二つの病態がある。
疫学
デングウイルス感染症がみられるのは、媒介する蚊の存在する熱帯・亜熱帯地域、特に東南アジア、
南アジア、中南米、カリブ海諸国であるが、アフリカ、オーストラリア、中国、台湾においても発生
している。全世界では年間約1億人がデング熱を発症し、約25万人がデング出血熱を発症すると推
定されている。近年の主な流行国における患者数は、過少報告がかなりあるものと推測される。
感染症法施行後の患者数届出数は、1999年(4月~)9例、2000年18例、2001年50
例、2002年52例、2003年32例である。わが国における輸入症例は、国立感染症研究所ウ
イルス第一部に検査依頼のあった症例数をみても増加傾向にある。年度ごとの変動は、日本人旅行者
のよく行く流行地でのデング熱流行状況を反映するようである。
病原体
デングウイルスは日本脳炎ウイルスと同じフラビウイルス科に属するウイルスで、やはり蚊(主に
ネッタイシマカ Aedes aegypti)によって媒介される。4つの血清型(1型、2型、3型、4型)
に分類され、たとえば、1型にかかった場合、1型に対しては終生免疫を獲得するとされるが、他の
血清型に対する交叉防御免疫は数ヶ月で消失し、その後は他の型に感染しうる。この再感染時にデン
グ出血熱になる確率が高くなると言われている。そのため、型別も含めた実験室内診断が重要である。
デングウイルスはヒト→蚊→ヒトの感染環を形成し、日本脳炎ウイルスにおけるブタのような増幅動
物は存在しない。
(1)デング熱(DF)
症状を示す患者の大多数は、デング熱と呼ばれる一過性熱性疾患の症状を呈する。感染3~7日後、
突然の発熱で始まり、頭痛特に眼窩痛・筋肉痛・関節痛を伴うことが多く、食欲不振、腹痛、便秘を
伴うこともある。発熱のパターンは二相性になることが多いようである。発症後、3~4日後より胸
部・体幹から始まる発疹が出現し、四肢・顔面へ広がる。これらの症状は1週間程度で消失し、通常
後遺症なく回復する。
(2)デング出血熱(TDF)
デングウイルス感染後、デング熱とほぼ同様に発症して経過した患者の一部において、突然に血漿
漏出と出血傾向を主症状とするデング出血熱となる。重篤な症状は、発熱が終わり平熱に戻りかけた
ときに起こることが特徴的である。
患者は不安・興奮状態となり、発汗がみられ、四肢は冷たくなる。胸水や腹水が極めて高率にみら
れる。また、肝臓の腫脹、補体の活性化、血小板減少、血液凝固時間延長がみられる。多くの例で点
状出血がみられる。
さらに出血熱の名が示すように、10~20%の例で鼻出血・消化管出血などがみられる。しかし、
症状の主体は血漿漏出である。血漿漏出がさらに進行すると、循環血液量の不足からhypovolemic
shockになることがある。症状の重症度よりGrade1~4の4段階に分けられ、ショック症状を示す
Grade3、4はデングショック症候群と呼ばれることもある。
デング出血熱は、適切な治療が行われないと死に至る疾患である。致死率は国により、数パーセン
トから1パーセント以下と様々である。
病原診断
病原体診断では、RT-PCR法によるウイルス遺伝子の検出、および蚊由来C6/36細胞やアフ
リカミドリザル由来のVero細胞により、ウイルス分離を行う。型特異プライマーを用いてウイルス検出
すれば、型別診断ができる。
血清診断では、IgM捕捉ELISAによるIgM抗体の検出を行う。急性期に比して回復期に特異中和抗体価、
HI抗体価が上昇することによっても診断可能である。ただし、日本脳炎ウイルスに免疫を有する多く
の日本人においては、デングウイルス感染により日本脳炎ウイルス抗体価も上昇する例が多いので、注
意を要する。1型から4型のウイルスそれぞれに対するプラーク減少法により中和抗体価を測定すれば、
型別診断も可能である。
予防・治療
通常のデング熱の場合には、輸液や鎮痛解熱剤の投与にとどまることがほとんどである。ただし、鎮
痛解熱剤としてサリチル酸系のものは出血傾向やアシドーシスを助長することから禁忌であり、アセト
アミノフェンがすすめられる。
デング出血熱の場合には、循環血液量の減少、血液濃縮が問題であり、適切な輸液療法が重要となる。
輸液剤としては、生理食塩水、乳酸化リンゲル液などの他に、新鮮凍結血漿、膠質浸透圧剤などが必要
となることもあり、バイタルサインなどとともにヘマクリット値をモニターしながら投与する。ときに
は酸素投与や、動脈pHの状況により重炭酸ナトリウムの投与も行われる。血小板減少が著しい場合には、
血小板輸血も考慮する。
予防に関しては、日中に蚊に刺されない工夫が重要である。具体的には、長袖服・長ズボンの着用、
昆虫忌避剤の使用などである。
感染症における取り扱い
デング熱は4類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄の保健所に届け出る。報告のた
めの基準は以下の通りとなっている。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によっ
て病原体診断や血清学的診断がなされたもの
・病原体の検出
例 血液等からのウイルスの分離など
・病原体の遺伝子の検出
例 PCR法など
・病原体に対する抗体の検出
例 血清中のデングウイルス特異的IgM抗体の検出
特異的IgG抗体価のペア血清での4倍以上の上昇など
○上記の基準に加えて、下記の4つの基準を全て満たした場合にはデング出血熱として報告する。
(1)2~7日持続する発熱(時に2峰性のパターンをとる)
(2)血管透過性亢進による以下の血漿漏出症状のうち1つ以上
・ヘマトクリットの上昇(補液なしで同性、同年代の者に比べ20%以上の上昇)
・ショック症状の存在
・胸水、腹水の存在、血清蛋白の低下
(3)血小板減少(100,000/mm3以下)
(4)以下の出血傾向のうち1つ以上
・Tourniquetテスト陽性
・点状出血、斑状出血あるいは紫斑
・粘膜あるいは消化管出血、あるいは注射部位や他の部位からの出血
・血便