広東住血線虫症とは

 広東住血線虫症(Angiostrongylus cantonensis)に起因する疾病で、好酸球性髄膜脳炎、あるいは好酸球性髄膜炎を

惹起し、髄液の好酸球増多が特徴である。眼型もある。本虫は東南アジア、太平洋諸島を初めとしてほぼ全世界に分布
しているが、ヨーロッパ、南米からは未だ報告がない。本邦では沖縄に症例が多いが、本土における症例も増加しつつ
ある。感染は第3期感染幼虫の経口摂取による。
 
 

疫学
 

 広東住血線虫症は極東、東南アジア諸国、オーストラリア、太平洋諸島、アフリカ、インド、インド洋の島々、カリ
ブ海の島々、北米などに広く分布しており、主として、感染ネズミが積み荷などとともに船舶によって運ばれることに
より、分布が拡大する。世界的には1992年の時点までに、およそ2,500例の症例が報告されている。従来、特に症例の多
い地域は台湾、タイ、ポナペ、ニューカレドリア、タヒチなどである。
 わが国では、沖縄県、奄美大島を含む南西諸島、鹿児島県、福岡県、広島県、愛知県、静岡県、神奈川県、小笠原父
島を含む東京都、北海道など、各地で捕獲されたドブネズミやクマネズミに自然感染が認められており、アフリカマイ
マイ、スクミリンゴガイなどの貝や数種のナメクジから第3期感染幼虫(L3)が検出された地域もある。本邦における人体
症例はこれまでに少なくとも54例(2003年8月現在)があり、沖縄県での感染例がおよそ61%を占め、眼型は2例、髄液から
虫体が検出された症例が2例である。これらを詳しくみると、沖縄県が少なくとも33例、本土が21例であり、この21例の
うち15例、すなわち、静岡6例、神奈川、鹿児島の各2例、島根、徳島、高知、東京、大阪の各1例は本土内感染と考えら
れる。一方、本土の残りの6例のうち、北海道、東京、福岡、京都の4例は沖縄における感染と考えられ(後2例は後述)、
他に、台湾とインドネシアで感染した症例が各1例ずつある。
 感染源については、アフリカマイマイに起因するものと考えられるもの15例(沖縄14例、インドネシア1例)アジアヒキ
ガエルに起因するもの2例(沖縄2例)、ナメクジが感染源と考えられるもの7例(沖縄、静岡各3例、鹿児島1例)であり、残
りは感染源不明である。
 特記すべきこととして、沖縄において2000年1月から3月にかけての短期間に8例(20歳から62歳、男3名、女5名)の発生が
認められており、同年6月には沖縄で、わが国初めての死亡例が発生した。最近5年半(1998年〜2003年)の発生動向を見る
と、2000年に沖縄で発生した症例だけでも9例とされており、合わせて14例の発症例がある。これらは全て沖縄で感染した
ものと推定されている。発症地が沖縄以外のものとしては、沖縄へ旅行後に発症した京都の13歳男の症例、ならびに沖縄
に帰省後に発症した福岡の20歳女の症例の2例がある。いずれも感染源の特定はできていないが、京都の症例では、旅行中
に食べた生野菜が原因ではないかと考えられている。
 
 

病原体
 

 広東住血線虫症は擬円形線虫上科に属する線虫で、雄が長さ20〜25mm、雌が22〜34mmである。雌は吸血により、褐色を
呈した消化管を取り巻いて白色の生殖器が捻転しながら走行するため、一見“床屋の看板状”に見える。雄の広接刺は長
く、1.2mmである。成虫はRattus属、Melomys属、Bandicota属のネズミの肺動脈に寄生するが、最も重要な終宿主はドブネ
ズミ(Rattus norvegicus)である。
 ネズミの肺動脈に寄生している雌成虫が産卵すると、虫卵は肺の毛細血管に栓塞する。発育孵化した第1期幼虫(L1)は肺
胞と気道を通って消化管に移行し、糞便中に現れる。この幼虫は陸棲貝、ナメクジなどの中間宿主に経口または経皮的に
侵入し、2回脱皮して、およそ2〜3週間でL3となる。疫学的に重要な中間宿主はアフリカマイマイやナメクジであるが、食
用に供されるスクミリンゴガイにも自然感染が認められている。L3が待機宿主であるプラナリア、淡水産のテナガエビ、
陸棲のカニ、ヒキガエルなどに摂取されると、これらの体内で長時間とどまり、感染源となる。最近、沖縄ではチャコウラ
ナメクジの類似種とニューギニアヤリガタリクウズムシからL3が高率に検出されている。
 ネズミが中間宿主や待機宿主を摂取すると、L3は胃や小腸で脱鞘し、感染後2〜3日の間に血行性に、あるいは筋肉から末
梢神経に沿って中枢神経系に達する。この幼虫は脳内を移行しながら2回脱皮して第5期幼虫となり、さらに発育して幼若成
虫となって、くも膜下腔に出る。幼若成虫は感染後26〜29日に頭蓋や脊柱管から出る静脈に侵入して心臓に達し、結局肺動
脈で成熟する。L1がネズミの糞便に現れるのは感染後40〜42日である。非固有宿主であるヒトや家畜が感染すると、虫体は
同様な体内移行を行い、幼若成虫にまで発育するが、早晩脳内で死滅する。しかし、非固有宿主ではこの中枢神経系内寄生
期に、好酸球性髄膜脳炎を発症する。
 
 

臨床症状
 

 2〜35日(平均16日)の潜伏期の後発症し、患者は微熱から中毒度の発熱、激しい頭痛、Brudzinski徴候、項部硬直、悪心、
嘔吐、Kernig徴候、脳神経麻痺などを示し、さらに筋力の著しい低下、知覚異常、四肢の疼痛などを示すこともある。その
他、複視、運動失調などを示す場合があり、感染虫体数などが多い重篤例では昏睡に陥ったり、死亡する場合もある。本症
の典型例では症状が2〜4週間続くが、自然に緩解・治癒し、通常予後はよい。まれに失明、知能遅延、てんかんなどの後遺
症を遺すことがある。また、極めてまれではあるが、ヒトの肺動脈から虫体が検出されることもある。眼型の広東住血線虫
症では虫体が前眼房や網膜などに発見され、髄膜炎症状を示さず、髄液の好酸球増多を認めない場合もある。
 検査所見としては好酸球増多が特徴で、通常、末梢血好酸球増多を示し、髄液中の細胞のうち、好酸球が15〜95%を占め
る。髄液の蛋白は増加するが、糖は正常である。まれに、穿刺した髄液中に幼若虫体が見つかる場合があり、この場合は虫
体の形態学的検査により診断が確定できる。脳のCTでは脳室とくも膜下腔の拡大、脳浮腫、水頭症、髄膜炎の所見が、また
MRIでは、脳浮腫と梗塞、血管炎や髄膜炎所見が認められるが、異常所見を全く認めない場合もある。
 
 

病原診断
 

 虫体抗原を用いた血清診断法として、ELISA、dot-ELISA、ゲル内、沈降反応、免疫電気泳動法、Western blot法(29kDaと
31kDa抗原の特異的認識)などが行われており、血清や髄液中での抗体の検出を行う。好酸球性髄膜脳炎を示す寄生虫疾患で
類症鑑別の必要なものは、有棘顎口虫症(特にタイでの感染)、?虫症、肺吸虫症、住血吸虫症などである。
 
 

治療・予防
 

 特効的な治療法はなく、治療の主体は対症療法である。プレドニゾロンを40〜60mg/日投与し、数週間後に減量するのがよ
い。Tsai et alはグルココルチコステロイドを併用したメベンダゾールの投与がよいとしている。脳圧降下のためには20%
マニトールや10%グリセロールの投与、腰椎穿刺による髄液の排除を行う。
 感染予防のためには、流行地で中間宿主や待機宿主を生食しないこと、また、野菜サラダなどにも注意が必要である。ナ
メクジの生食、あるいはヒキガエルの肝の生食を勧める民間療法を禁ずる。
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